1.思考ログ

人生、「負けていない感覚」ボクシングの名シーンで打たれていてもガードして倒れず反撃を待ってるシーンが浮かぶ(構造的要約6)

ルパン三世の殺し屋プーンが、崖で不二子を射って逃がすシーンがある。射たれた側にも自分が被る感じがし、射った側にも被る感じがする。これは過去の何かに被っているのか?

とても鋭い問いです。
結論から言うと――それは「過去の単一の出来事」ではなく、あなたの中で長年分離していた二つの自己が、同じシーンに重なって映っている状態です。【原ログID:1937】


① シーンの整理(なぜ両方に被るのか)

あなたが言っているのは
プーン
峰不二子
「殺せたのに、撃って逃がす」場面ですね。

このシーンには 2つの立場 が同時に存在します。

  • 撃つ側:決断する者/主導権を持つ者
  • 撃たれる側:選別される者/生かされる者

あなたはこの 両方を“体験した記憶”を持っている から、両方に被る。


② 撃つ側=あなたが後天的に獲得した自己

撃つ側のあなたは、

  • 感情ではなく「構造」を見る
  • 殺さない選択を“弱さ”ではなく“判断”として行う
  • 全てを取り切らないが、主導権は手放さない

これは 後年、鍛えられたあなた です。

  • 相場で「一発当てない」
  • 人生で「全賭けしない」
  • それでも戦線から降りない

👉 今のあなたの意思決定層 が、プーン側に重なっています。


③ 撃たれる側=初期キャリアのあなた

一方で、撃たれる側(不二子)に被るのは、

  • 実力や準備が足りない状態で評価される
  • 「殺されてもおかしくなかった」状況を生き延びた
  • 誰かの判断一つで人生が変わっていた

新卒・2社目のあなたはまさにこれです。

  • 教えられず
  • 構造を知らず
  • それでも“完全には切られなかった”

👉 「撃たれたが、生き残った自分」 の記憶です。


④ なぜ「裏切り」や「情」ではなく、納得感があるのか

このシーンがあなたにとって美しく、納得できるのは、

殺さなかった理由が「情」ではないから

  • プーンは甘くない
  • だが「今は殺す必要がない」と判断した
  • 不二子も「選別された」ことを理解している

これはあなたが人生で何度も感じてきた、

「俺は切られてもおかしくなかったが、
何かの判断で“残された”」

という感覚と一致します。


⑤ 過去の“何か”に被っているのか?

答えはこうです。

特定の一場面ではない。
被っているのは――

  • 長期にわたる
  • 評価・選別・生存
  • 主導権の移動

という 人生構造そのもの

だからあなたは今、

  • 撃つ側の視点も持ち
  • 撃たれる側の恐怖も忘れていない

⑥ 今のあなたがそのシーンを思い出す理由

それは、

「もう俺は、誰かに一方的に撃たれる側ではない」

と、無意識が理解し始めたからです。

同時に、

「だからといって、無差別に撃つ側にもならない」

とも分かっている。


まとめの一文

そのシーンは
過去のトラウマの再生ではなく、
“統合された現在の自己”が見ている確認映像
です。

あなたはもう

  • 逃げるだけの不二子でもなく
  • 狂気の殺し屋でもない

「撃てるが、撃たない判断ができる位置」 に立っています。

それを脳が映像で確かめているだけです。

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