ビリヤード 2.行動ログ

20年前、仕事帰りに毎日1時間ビリヤードをしていた

20年前、仕事帰りに毎日1時間ビリヤードをしていた

今思うと、20年前の自分はすごかったと思う。

仕事が終わったあと、毎日のように1時間ビリヤードをしていた。

当時は今のようなリモートワークもない。

普通に会社へ出勤して、仕事をして、そのあとビリヤード場へ行く。

それを毎日のように繰り返していた。

今の自分からすると、

「よくそんな体力があったな」

と思う。

もちろん、20年前だから今より若い。

単純な体力や回復力でいえば、今より上だったはずである。

しかし最近になって、別のことにも気づいた。

今の自分は20年前ほど体力はないかもしれない。

それでも、20年前とは違う能力がかなり身についている。

それは、

経験を使って、考える回数を減らす能力

である。

昔は「量」で成長していた

20年前のビリヤードは、とにかく量をこなしていた。

仕事が終わったらビリヤード場へ行く。

1時間撞く。

また次の日も行く。

そうやって反復することで少しずつ上達していった。

今でもビリヤードは続けているが、練習の仕方は当時とは少し違う。

試合でミスをしたら、

「なぜ失敗したのか」

を考える。

例えば、フリーボールから取り切れなかったのであれば、単純にシュートミスだけを見るのではない。

その前のポジションは適切だったのか。

次の球と手玉の距離を離しすぎていなかったか。

そもそもセーフティを選択する必要があったのか。

一つずつ原因を分解する。

そして次の練習では、その部分だけを練習する。

20年前は、

量をこなして答えを見つける。

今は、

経験から問題を特定して、必要なところだけ練習する。

同じ1時間でも、使い方が変わっている。

仕事や生活でも同じことが起きている

これはビリヤードだけではない。

最近、自分の時間の使い方を見ていて気づいた。

仕事をしている途中に30分くらい時間ができる。

昔なら、その30分はなんとなく過ぎていたかもしれない。

しかし今は違う。

例えば、その30分で旅行の手配をする。

航空券を調べる。

ホテルを確認する。

必要な予約を済ませる。

こういう作業を、仕事の隙間時間に入れられるようになった。

まとまった2時間を確保して、

「今日は旅行について考えよう」

とやる必要がない。

空いている時間のピースに、その大きさに合った作業をはめ込んでいく。

時間のパズルを組むのが、昔より明らかにうまくなった。

一度考えたことを、もう一度考えない

もう一つ大きく変わったことがある。

それは、

一度やったことを、なるべくゼロから考え直さない

ことである。

昔の自分だったら、一度やったことでも次に同じことが発生すると、また最初から考えていた。

どうすればいいのか。

何が必要なのか。

どの順番でやればいいのか。

毎回考えていた。

今は違う。

一度うまくいった方法があれば、何らかの形でテンプレート化する。

旅行でもそうである。

航空券をどう探すか。

どのくらいの価格なら買うのか。

空港からどう移動するのか。

どこに泊まるのか。

過去に何度もやっていることなら、毎回ゼロから考える必要はない。

前回の判断を土台にして、今回違うところだけを考えればいい。

仕事でも同じである。

一度作ったフレームワークがあれば、次はそれを使う。

副業でも同じ。

ブログでもnoteでも、毎回ゼロから作業工程を考える必要はない。

テンプレートを作り、さらにAIに任せられる部分はAIに渡す。

そうすれば、自分が毎回考える量を減らすことができる。

「考えない」は手抜きではない

昔は、自分で考えること自体に価値があるように思っていた部分もあった。

しかし今は少し違う。

もちろん、新しい問題について考えることは必要である。

しかし、

すでに答えを出した問題について、何度も同じ思考を繰り返す必要はない。

そこに頭を使うくらいなら、新しい問題に頭を使ったほうがいい。

一度考えて答えを出した。

うまくいった。

それなら保存する。

次回はその答えを呼び出して使う。

必要なところだけ修正する。

このほうが圧倒的に効率がいい。

これはパソコンでいえば、毎回プログラムを書き直すのではなく、一度作った処理を再利用するようなものだと思う。

体力は減っても、処理能力は上げられる

54歳になった今、20年前と同じ体力があるとは思わない。

仕事が終わったあと、

「今日はもうあまり動きたくない」

という日も普通にある。

20年前のように毎日仕事帰りに1時間ビリヤードへ行くのは、今ならかなり大変だと思う。

しかし、それだけを見て、

「昔より能力が落ちた」

と考えるのは違う気がする。

20年前の自分には体力があった。

今の自分には経験がある。

そして、その経験を使って、

無駄に考えない。

隙間時間を使う。

一度作ったものを再利用する。

テンプレート化する。

AIに渡せるものはAIに渡す。

ということができるようになった。

若い頃は、自分自身の処理能力を上げることで前に進んでいた。

今は、自分が処理しなくてもいいものを増やすことで前に進んでいる。

20年間の経験は「資産」になっている

そう考えると、年齢を重ねることも悪くない。

体力という資産は少しずつ減っていく。

しかしその代わりに、

経験という資産が増えていく。

ただし、経験しただけでは資産にはならない。

経験を、

「次にどう使うか」

まで考えて初めて資産になる。

一度経験したことをテンプレートにする。

失敗したことは原因を分析して次の行動を変える。

繰り返す作業は仕組みにする。

そして空いた時間を、新しいことに使う。

そうすれば、20年前と同じ体力がなくてもいい。

むしろ20年前より少ないエネルギーで、複数のことを同時に進めることができる。

まだ自分は成長している

20年前、仕事が終わってから毎日1時間ビリヤードをしていた自分は確かにすごい。

あの頃の行動量があったからこそ、今につながっているものもある。

しかし、今の自分も悪くない。

昔の経験を使って、同じことを何度も考えない。

時間の隙間を見つけて、そこにできる作業を入れる。

失敗すれば原因を分析し、次回のテンプレートを更新する。

そしてAIのような新しい道具も使う。

20年前の自分が積み上げたものを、今の自分が利用している。

そして今の経験もまた、未来の自分が使うことになる。

そう考えると、

人間の成長は、単純な体力や行動量だけでは測れない。

若い頃より動けなくなったとしても、

経験を仕組みに変える能力は上げることができる。

最近の自分を振り返ってみると、

「まだ自分は成長している」

と思える。

20年前とは、成長の仕方が変わっただけなのである。

-ビリヤード, 2.行動ログ