日本では少子化が長いこと問題になっている。
若者にお金がない。
給料が上がらない。
住宅費が高い。
教育費が高い。
物価も上がっている。
だから結婚できない。
だから子供を作れない。
確かに、これは間違ってはいない。
しかし、少子化を「お金の問題」だけで説明するのは、少し違うのではないかと思う。
もっと根本的なところで、日本人の人生そのものが変わってしまったからである。
昔は「普通の人生」がパッケージになっていた
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昔の日本には、かなり分かりやすい人生のモデルがあった。
学校を卒業する。
会社に就職する。
結婚する。
家を買う。
子供を作る。
そして定年まで働く。
これらは、それぞれ独立した選択というより、一つのパッケージに近かった。
就職したら、次は結婚。
結婚したら、次は家。
そして子供。
周囲も同じような人生を歩いていたので、それほど疑問を持つ必要もなかった。
ところが、今は違う。
人生が完全に「バラ売り」になった。
会社員にならなくてもいい。
フリーランスでもいい。
起業してもいい。
結婚しなくてもいい。
家を買わなくてもいい。
一生賃貸でもいい。
そして、子供を作らなくてもいい。
一つ一つを自分で選択できる時代になったのである。
これは少子化を考えるうえで、かなり大きな変化だと思う。
少子化を見る前に「結婚」を見る必要がある
日本の少子化を考えるとき、出生数ばかりが注目される。
しかし、その前に見るべき数字がある。
婚姻数である。
日本では依然として、
「結婚して、その後に子供を持つ」
という形が主流である。
そうであるならば、子供が減った理由を考えるとき、
「なぜ若者は子供を欲しがらなくなったのか」
だけを考えても不十分である。
その一つ前に、
「なぜ結婚する人が減ったのか」
という問題がある。
結婚する人が減れば、その結果として生まれる子供が減るのは不思議ではない。
つまり少子化とは、単独の問題ではない。
結婚、働き方、住宅、収入、人生観などが複雑につながった結果なのである。
「独身でも困らない社会」になった
結婚する人が減った理由として、経済的な問題はもちろん大きい。
しかし、それだけではない。
現代は、一人でも普通に生活できる。
むしろ一人の生活がかなり快適になった。
一人で飯を食べても何もおかしくない。
一人で旅行しても珍しくない。
好きな時間に起きられる。
好きな場所に住める。
インターネットがあれば人ともつながれる。
娯楽はいくらでもある。
家事が面倒なら家事代行もある。
食事を作るのが面倒なら、外食、宅配、冷凍宅配食などいくらでも選択肢がある。
昔に比べれば、
「結婚しないと生活が成立しない」
という要素が圧倒的に減っている。
そうなると当然、
「自分は本当に結婚したいのか?」
と考える人が出てくる。
これは極めて自然なことである。
子供を持つと「人生が重くなる」という問題
さらに大きいのが、子供を持った後である。
子供が欲しい。
いつか親になりたい。
そう思っている人は今でも少なくないだろう。
しかし実際に子供を持つとなると、単に「子供が一人増える」という話ではない。
家事。
育児。
教育費。
住宅。
仕事との両立。
夫婦関係。
場合によっては住宅ローン。
これらが一気についてくる。
そして簡単には仕事を辞められなくなる。
家族を養うために働く。
働くために家族との時間が減る。
住宅ローンを組めば、さらに会社を辞めにくくなる。
もちろん、だから子供が悪いという話ではない。
問題なのは、
子供を持った瞬間、人生に背負うものが急激に増える社会構造
なのである。
自由な人生と「親になる人生」が合わない人もいる
ここは価値観の問題でもある。
自分の時間を大切にしたい。
予定には余白を残しておきたい。
思い立ったら旅行に行きたい。
住む場所を変えたい。
やりたい仕事が見つかったら挑戦したい。
勉強したいことができたら勉強したい。
こうした人生を優先する人にとって、親になることによる制約は小さくない。
だから、
「子供が嫌いだから作らない」
とは限らない。
子供を持つ人生と、自分が送りたい人生を比較した結果、
自分には子供を持たない人生のほうが合っている
と判断する人が出てくる。
これも現代では一つの合理的な選択なのである。
「普通だから子供を作る」は危険である
逆に怖いのは、
「普通は結婚するものだから」
「結婚したら子供を作るものだから」
「親が孫を楽しみにしているから」
という理由だけで人生を決めてしまうことである。
子供を持つことは、数年で終わるプロジェクトではない。
人生そのものを大きく変える選択である。
だからこそ、
「世間では普通だから」
ではなく、
「自分は本当に親になりたいのか」
を考える必要がある。
子供を持つ人生が幸せな人もいる。
持たない人生が幸せな人もいる。
どちらが正しいという話ではない。
重要なのは、自分で選んでいるかどうかである。
少子化対策は「お金を配る」だけでいいのか
ここから少子化対策を考えると、単純な給付だけでは足りないことが見えてくる。
もちろん、子育て世帯への経済的な支援は必要である。
しかし、本当に問題なのは、
親になった瞬間に人生が重くなりすぎること
ではないだろうか。
子供がいても転職できる。
会社を辞めても生活できる。
夫婦それぞれが自由な時間を持てる。
高額な住宅ローンを組まなくても家族で暮らせる。
子育ての責任を親だけに集中させない。
こうした仕組みがあれば、
「子供は欲しい。でも今の自由を全部失うのは怖い」
という人の心理的なハードルは下がるかもしれない。
必要なのは、
親になっても軽やかに生きられる社会
なのではないかと思う。
少子化は「人生を自由に選べるようになった結果」でもある
少子化というと、どうしてもネガティブな現象として語られる。
しかし別の角度から見ると、これは日本人が自分の人生を選べるようになった結果でもある。
働く。
結婚する。
家を買う。
子供を作る。
昔は一つのセットだった。
しかし今は違う。
全部やってもいい。
一部だけ選んでもいい。
全部やらないという選択もできる。
だからこそ重要なのは、一度「普通」を疑ってみることである。
自分はどう働きたいのか。
どこに住みたいのか。
結婚したいのか。
子供が欲しいのか。
何を大切にして生きたいのか。
周囲がそうしているからではなく、自分で考えて決める。
少子化という現象の背景には、そんな「人生の選択肢が増えた社会」が存在しているのではないだろうか。