今日は出勤だった。
しかも残業までして帰ってきた。
普通なら、もう何もしたくないとなってもおかしくない。
ところが今日は、なぜかまだ体が動いた。
自分でも少し不思議だった。
以前の自分なら、出勤して残業までした日は、その時点で一日終了という感覚だったと思う。
家に帰って食事をしたら、あとは何もせず寝るだけ。
場合によっては、その疲労を翌日まで引きずっていた。
しかし今日は違った。
仕事は一旦落ち着いていた。
残業はしたものの、帰宅後にもまだ何かできそうな感覚が残っていた。
ここで改めて思った。
疲労というのは、単純に労働時間だけでは決まらない。
残業時間と疲労感は必ずしも一致しない
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同じ8時間勤務でも、同じ1時間の残業でも、疲れ方はかなり違う。
仕事が自分のコントロール下にあり、
「今日はここまでやれば終わり」
「残りは明日やればいい」
と見えている日は、それほど消耗しない。
一方で、
返事待ちで仕事が止まっている
トラブルを抱えたまま結果が出ない
急な仕事が次々に入ってくる
いつ終わるのか分からない
他人の判断が出るまで先に進めない
こういう状態になると、実際の作業時間以上に疲れる。
体を使ったというより、頭の中でずっと仕事を抱え続けているからである。
疲れる原因は「仕事量」より「制御不能感」かもしれない
最近、自分の仕事を振り返っていると、疲労の大きな原因は「仕事量」そのものではなく、
自分で仕事をコントロールできるかどうか
なのではないかと思うようになった。
自分で順番を決められる。
終わる時間が見える。
判断が自分の中で完結する。
こういう仕事は、多少量が多くても意外と耐えられる。
逆に、上司の承認待ちや他人の判断待ちのように、自分では先に進めない仕事は疲れる。
何もしていない時間でも、頭の片隅ではその件を考え続ける。
「どうなるのか」
「いつ返事が来るのか」
「また何か聞かれるのではないか」
この未確定状態が、少しずつ体力を削っているように感じる。
定時退社でも疲れる日、残業しても動ける日
以前は、
「残業したから疲れた」
「長く働いたから今日は何もできない」
と単純に考えていた。
しかし実際には、そうではない。
定時で帰ってきても、精神的に重い仕事を抱えていた日は何もしたくなくなる。
逆に今回のように、仕事が一旦落ち着いている日は、残業して帰ってきてもまだ動ける。
つまり、その日の疲労を見るときに、労働時間だけを確認しても足りない。
むしろ、
どれだけ判断を奪われたか
どれだけ先が読めなかったか
どれだけ頭の中に未処理の案件を残したか
自分のペースで仕事を進められたか
このあたりの方が、帰宅後の行動力に影響しているのかもしれない。
体力が増えたのではなく、無駄な消耗が減った可能性
もちろん、以前より体力そのものが戻ってきている可能性もある。
運動をしたり、睡眠を意識したり、疲れを翌日に残さないように考えるようになったことも影響しているだろう。
ただ、それだけでは説明できない。
同じ自分でも、仕事の状況によって疲れ方が全く違うからである。
そう考えると、
「体力が増えた」のではなく、「無駄に体力を削られる時間が減った」
という見方もできる。
これはかなり重要な違いだと思う。
体力を増やすことだけを考えると、
「運動しよう」
「睡眠時間を増やそう」
「食事を改善しよう」
という話になりやすい。
もちろんそれも必要である。
しかし、そもそも日中に無駄な消耗をしているのであれば、そこを減らした方が効果は大きい。
「今日はなぜ動けたのか」を記録しておく
今日は出勤だった。
残業もした。
それでも帰宅後にまだ体が動いた。
これは偶然として終わらせず、一つのデータとして見ておきたい。
「なぜ今日は動けたのか」
「いつもと何が違ったのか」
を少し考える。
仕事が落ち着いていた。
未処理の問題を抱えていなかった。
自分の中で一日の仕事に区切りをつけられた。
こういう条件が揃っていたのかもしれない。
逆に、ひどく疲れた日にも、
「今日は何が原因だったのか」
と考えておく。
これを繰り返せば、自分が疲れる条件と、疲れにくい条件が見えてくる。
まとめ:体力管理は「休むこと」だけではない
会社員の体力管理というと、
睡眠、食事、運動、休日の過ごし方などを考えがちである。
もちろん、どれも重要だ。
しかし今回感じたのは、
無駄に疲れない働き方を作ることも、体力管理の一部である
ということだ。
残業していても動ける日がある。
定時で帰っても何もできない日がある。
時間を増やす前に、まず消耗を減らす。
今後は、この視点で自分の一日の使い方を見ていきたい。